『フランス語の進化と構造』Amazonレビューのバックアップ   

Clarté, Rationalité, Simplicité.

「明晰でないものはフランス語ではない」と誇らしげに宣言されるフランス語。
その特性は、じつはここ500年ほどの歴史的展開、
そして相当に人為的な努力によって生まれたものだということを
解き明かしてくれるスリリングな本である。

「明晰さ」というとあまりピンとこない、単なる自画自賛の表明ともとれるのであるが、
要はフランス語学習において、
様々な活用変化形の記憶という段階をクリアした後に訪れる、
(例えば英語と比較した場合の)ある種の「簡単さ」の感覚である。
この「簡単さ」は大体において17世紀に獲得された。
フランク人が俗ラテン語を習得した際に生じた凄まじい音韻変化と音脱落
(要するに「訛り」である)によって成立した古フランス語は、
言ってしまえば極めて素朴な言語であり、
その後格変化を廃し夥しい不規則変化を漸減させていったものの、
ルネサンス期に至っても、
(ゲルマン系、ケルト系etc.の借用語も含めた)語彙と表現の豊穣さを保っていた。
それが絶対王政の確立と前後して、
「言語における理性の貫徹」という原則のもと大規模な革新が行われる。
すなわち類義語・類義表現はその意味用法の違いが明確化され、
明確化できない場合にはたった一つの言葉のみが残され、
主語表示が必須となり、語順は固定され、
法の用法に話者の感情が介在する余地は失われた。
また派生語も古典ラテン語形に置き換えられ
(例:mu^r, mu^rirの名詞形がmurison→maturité)、
生々しい感触を脱してもっぱら純粋な概念を表すようになった。
結果として「対象を明らかにするけれど中には浸透しない(p.275)」
というフランス語の相貌が生じた。
これはノン・ネイティヴにとっては記憶すべき単語数も少ないし、
(例えば英語やドイツ語のように)名状しがたいニュアンスの違いで
表現を使い分ける場面も少なくて助かるのだが、
どことなく冷たく(それが快適なこともあるにせよ)、
上滑りしてしまう印象がぬぐえない言語、ということになろうか。

本書はフランス語の史的発展を明らかにするのみならず
フランス文明の本質をも開示している。
原著は1965年に出ているということもあろうか、
語りが目的論的なフランス称揚に傾くきらいもないではないが、
それも含めて(笑)、テレビで、カフェで、大学でフランス語を滔々とまくし立てる
あの人たちの生態に迫る本ではないかという気がしている。
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by bulbulesahar | 2015-11-26 04:17 |

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