村上春樹新作「色彩を云々」への人気レビューについて   

村上春樹の最新作『色彩を失った多崎つくると、彼の巡礼の年』に対する
ドリー氏のレビューが現時点で約二万人という異例の支持を得ている、
それについて対する私のコメントを、少々修正の上こちらにも上げておく。

(なおアンチ春樹気味である人物のコメントであることに留意されたい)


================以下本文================


ドリー氏のレビューには、
誤字があるとか改行が少ないとか、読みにくい要素もあるのに、
これだけの長文を一気に読ませる文章力には正直脱帽してしまった。

ページ下部の口コミでは「排泄物を投げつけるような行為」とか、
なかなか酷い(←でもまあ予想はできる)言われようだが、
些か卑俗な表現とネット特有の煽り口調に目を奪われて
「愚痴を録音して文字起こししただけ」「非現実的な台詞回しを列挙しただけ」
などと矮小化してしまうにはあまりに惜しい名文。


批判の骨子である
『春樹特有の格好つけた警句めいた台詞回しやらオシャレ(笑)な生活様式やらが、
作品の重要なテーマ(主人公の孤独等)とリンクするどころか
それを著しく軽薄なものにしている
(=逆に言えば、単に「作品世界がリアルな生活実感と乖離している」ことを
問題にしている訳ではない)』
というのは、
実はそこまで斬新な視点でもない気がするものの(中島義道も言ってたような)、
そのことを小難しく解説せずに、読んだ人に分からせてしまう力量は疑うべくもないだろう。


導入部で「王様のブランチ」のシーンを再現して
マスコミ主導のハルキ上げの浮ついた雰囲気を皮肉ることで、
春樹の本は読んだことはなくてもテレビ報道は見たことはある人には
興味を持って読みやすいように作ってあり、
ついで作品の登場人物のあまりにお洒落ぶった言動・行動と、
これまた中二病的な地の文の比喩表現を、
世評に曇らされない至極健全な批判精神によって明るみに出して、
「物的証拠」として積み上げていき
(しかもレビュー読者にとってまるでドリー氏と一緒に小説を読み、
 印象を感じているかのような自然な進め方で)、
最後にその証拠をもとに「孤独」も、そこからの「救済」も
極めて皮相的であるとの結論になだれ込む、
その堅牢なまでの構成には惚れ惚れしてしまうほど。

骨格がしっかりしていて、
しかも読む人にとって読みやすくイメージを喚起しやすい内容で、
しかもリズミカルで痛快かつ諧謔味に満ちた文章であるからこそ、
多くの支持が得られたのだろうと思わせる。


私は村上春樹は数作目は通したものの、
ナルシスティックで隠れマチズモなキャラ造型やら、
その自己陶酔を冷徹に見定めるどころか増幅させるような文体やらが気になって、
どうもファンの方が言うような春樹の「深遠さ」にまで
降りて行くほどの深い読書ができないクチだったから、
(最近ずっと読んでいるプルーストはゆっくりでもちゃんと読めるのだが、
 春樹はどうしても味読できない)
それだけに春樹作品には「深さ」に至るまでの一種のハードルというか、
激しく人を選ぶ要素をがあるということを、
書籍に関する有用な情報としてきっちり指摘してくれたドリー氏には本当に感謝したい気持ち。




こんなレビューが出てきたからには、村上作品のファンの方の側からも、
いわゆるアンチ側の人間にも作品の魅力を伝えてはっとさせるような、
まさにドリー氏のレビューと正面から対決できるレベルのレビューが出てきたら、
それを読んでみたいなと思う。

(まあそのためには情緒に流れるよりは、
 上述のオシャンティーさが作品のテーマといかに有機的に結びついているのか、
 あるいはそういったナルシシズムの欠点をはるかに超えるようないかなる革新性があるのかを
 示してもらう必要があるんだろうが…。

 あとその深遠さには、恵まれた時代の恵まれた若者
 (↑思えば『失われた時を求めて』の主人公もそう)という
 特殊条件に規定された贅沢な悩みに留まらない、
 人間の精神に関する普遍的な事象にどれだけ肉薄できているのか?ということも。
  (『村上文学は純文学の仮面を被った自己陶酔ジャンルのエンタメ小説だから、
   思想性などアクセサリー扱いでいいのだ』という論もそれはそれでアリだが))
 
ハルキストはどちらかというとファン同士で内閉しがちで、
意に沿わぬ批評に対しては、作品を外部に向けて擁護するよりは
超然を装って無視を決め込むという偏見がこちらには多少ある。
確かに文学は論理で読むものではない面があり、
それを超越した共感の力こそが人と人(この場合はファン同士か?)
を結びつけるのかもしれないが、
さりとて理性を用いた批評行為の否定は、
文化や意見の多元性を毀傷しかねないような危険性を感じるのも確かである。
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by bulbulesahar | 2013-05-15 07:02 |

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